「アメリカ第一主義」を掲げ、戦争を終わらせると約束したトランプ大統領。しかし、自らイランへの軍事攻撃に踏み切り、アメリカの国力をさらに弱める結果を招いた。だが、問題はトランプ氏だけではない。トランプ氏が去っても、アメリカはかつての超大国には戻れないという。国際政治学者で、『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からのアメリカ史』に推薦コメントを寄せた三牧聖子氏に聞いた(取材・構成/石井広行)。

「トランプが去っても、アメリカは元に戻らない」三牧聖子氏が指摘する超大国の厳しい現実Photo: Adobe Stock

トランプ大統領に裏切られたのはMAGA層だけでない

――イランへの軍事攻撃に対するアメリカ国民の受け止め方についてお伺いします。イラン戦争は、トランプ政権が掲げてきた「アメリカ第一主義」と矛盾しているのでは、という見方もありますが、どのように捉えていますか。

三牧聖子(以下、三牧):これは矛盾どころの話ではありません。トランプ大統領はMAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)支持層に対し、自分は、ウクライナ戦争を終わらせられない、イスラエルの軍事行動もやめさせられないバイデン前大統領とは違う、自分は平和の大統領になって、今後はアメリカ国内を重視する、と言って当選したわけですから大きな裏切りです。

 ただ、このことは単にMAGA層の期待に背いたというだけでなく、さらに深掘りすべき重大な問題もはらんでいると考えています。

 9.11同時多発テロ以降、「テロとの戦い」の名のもとで歴代政権は中東への介入を続けてきました。アルカイダを匿うタリバンの排除を大義名分に掲げたアフガニスタン侵攻。結局は存在しなかった大量破壊兵器の保有を口実に軍事侵攻を行ったイラク戦争。20年にわたる「対テロ戦争」による人的な犠牲は米兵数千人、現地住民で亡くなった方は数十万人、そして将来の退役軍人の医療・補償費なども含む戦争関連費用は、約8兆ドルと推計されています。

 この間、2008年のリーマンショックでは格差の問題が顕在化し、2020年のコロナ危機では、アメリカには最良の医療があるのに世界で最大の感染者数を出し、その医療体制のいびつさに多くの国民が気づくことになりました。にもかかわらず、歴代政権は無謀な戦争に多くのお金を費やしてきた。そのことへの怒りが湧き上がったのです。

 そうした世論を背景に、国内産業、そして庶民のための政治を取り戻すことを売りにして二度までも大統領になったのがトランプという人物です。

 共和党と民主党とを問わず、ブッシュもオバマもみんな無謀な戦争をやってお金を使ってきた。しかし、自分ならワシントンの既存勢力であるディープステート(闇の政府)を解体し、庶民のための政治を取り戻すことができる、と主張してきた。その張本人が、イランを相手に、十分な計画もなく、本当に軽い考えで戦争を仕掛けたわけです。

 つまりトランプ政権はMAGA層を裏切るだけにとどまらず、戦争ばかりして庶民を見てこなかった歴代政権から政治を庶民の手に取り戻すことに望みを抱いていたすべての国民に、大きな失望を与えたと言えるでしょう。

歴代政権も避けてきたイラン介入という最悪の選択

三牧:イランは9000万人以上の人口を抱える中東の大国であり、神権体制という特異な政治体制をとってきた国です。今回もハメネイ師を殺害したらモジタバ師というさらに強硬な人物が指導者になりました。そうそう簡単に打倒できるような体制ではありません。むしろ、不用意に軍事行動を仕掛けると、より体制を強固にしてしまうという非常に難しい国です。

 イスラエルは過去数十年間にわたり、アメリカを巻き込んでイランを叩くことを目論んでいました。確かにアメリカには1979年のイラン・アメリカ大使館占拠事件以来の敵対感情があります。でも歴代のアメリカ政権は、いくら敵対感情があったり、核兵器開発疑惑があったりしたとしても、イランに戦争を仕掛けるなどとんでもないと考えていました。中東介入の中でも最悪の結果になる可能性がある国だからです。

 にもかかわらず、自分は常識にとらわれない外交をやるんだ、とうそぶく人物が現れて、非常識な戦争を始めてしまいました。そして案の定、戦争を終わらせることなどできていない状況です。

覇権国家・アメリカの終わりが始まった

――イラン戦争を契機に、今後のアメリカの国際戦略や外交はどういった方向に向かうとお考えでしょうか。

三牧:イラン戦争では、非常に高額なパトリオットミサイルを、イランのドローン対策に浪費するなどしてしまいました。そのため、アメリカの兵力体制は、今後数年間は戦前の基準まで回復しないだろうと言われています。

 専門知を軽視したトランプ政権の問題は、おそらく今後も後を引くでしょう。しかしながら、アメリカの政治・外交の再生のためには、トランプ以前の政治に戻るわけにも、もういかないと思われます。

 そもそもアメリカの国力や世界における地位は、中国と比べて相対的に低下しており、2000年代のような超大国の地位を取り戻すことはもはやできません。

 アメリカの世論を見ても、これまでどれだけ国外にリソースが割かれ、どれだけ国内がなおざりにされてきたことか、という不満が高まっています。そのため、日本とは好対照なことに、中国に対しては、決して信頼しているわけではないものの、現実的に歩み寄っていかなければいけないという世論が強くなってきています。

 たとえばAIなどの先端分野では限定的に競争しつつ、それ以外の分野では覇権争いをするのではなく協調関係をとるのが現実的である、といった考え方が、昨年からアメリカでは多数を占めるようになっています。

 したがって、中間選挙の行方や、次の大統領が誰になるのか、といったこととは別に、大きなトレンドとしては、もうアメリカは本格的に世界の覇権国家としての地位を畳んでいく方向に進むのではないでしょうか。