「国と国の間で何が起きているのかは分かりませんが、私たち一般庶民は一人の人間として付き合っているだけです。だから、寂しいんです」
別の常連客は、郭さんの事情を聞いて憤った。
「どうして、ホームページの記載ミスで、これまでの努力が水の泡にならなければならないんですか」
そして、お客さん同士で署名を集め、入管当局に働きかけようとまで申し出たが、当局を過度に刺激することを恐れた郭さんに止められた。
郭さんが通っている日本語学校の先生たちは一報を受けて、遠いところから駆けつけてきた。郭さんが自ら厨房に立って、先生たちをもてなしたという。
翌日、1人の先生がラインで郭さんに次のメッセージを送ってきた。
「昨日は大変よくしていただきありがとうございました。お料理の一つ一つも大変美味しくて美しく、心からのおもてなしに感謝しかありません。今回の帰国はとても残念で、私も寂しさでいっぱいです」
「郭さんの日本での努力やご苦労はきっと無駄ではなく、何事にも誠実な郭さんのこれからの人生にきっと有益に働くことを信じます。私はいつも人生に無駄なるものは無いと思っています。また絶対にお会いしましょう」
郭さんは日本に滞在できる最後の数日間は、大好きな日本から出ていくという深い悲しみのなかにありながら、人々の優しさと温かさに涙する日々を送った。
「中国でもこんなに人から良くされたことはなかった、日本の皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです」
現在、長男は留学生として日本に滞在し、中学生の次男は両親と一緒に帰国させられ、家族は離散した。郭さん夫婦は仕事を見つけらない状況にある。
先日、筆者との電話で、次のように語った。
「日本が好きということは変わりはない。今後日本に行くことがあれば、かならず一人一人に会いにいき、お礼を言いたい。日本の皆さんのご恩を一生忘れることがない」
制度の判断によって人生が大きく揺らいだ人々を、地域の人間が支えようとした事実には、深く考えさせられるものがあった。
国籍が違っても、言葉が十分に通じなくても、市井の人々は互いを理解し、信頼し、支え合ったという事実だけが救いだった。







