仕事をしていた頃は、誰かから連絡が来るのが当たり前だった。子どもが小さい頃は、家の中もいつもにぎやかだった。ところが、定年を迎え、子どもが独立すると、電話もメッセージも目に見えて減っていく。そんな寂しさを感じている人にぜひ読んでほしいのが『頭のいい人が話す前に考えていること』(安達裕哉著)だ。年をとって孤独になる人が気づいていない、ある勘違いについて、本書から引用しつつ紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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気づけば、誰からも誘われなくなっている
「昔はよく飲みに行ったけど、最近は誘ってないな」
「あの人と話すと、昔の自慢話ばかりなんだよね」
「悪い人じゃないけど、自分から連絡するほどでも……」
年齢を重ねるにつれて、周りからそんなふうに思われてしまう人がいる。
本人は、これまでと同じように人と接しているつもりでいる。
会社では頼られてきたし、家庭でも親として役割を果たしてきた。
それなのに、仕事を離れ、子どもが巣立ったとたん、周りから人がいなくなっていく。
年をとって孤独になる人には、ある共通の勘違いがある。
人が集まっていたのは「立場」のおかげだった
本書は、その勘違いについて次のように書いている。
もちろん、ビジネス上、その肩書きにすり寄ってくる人もいます。
しかし、他者からの信頼は、肩書きがあるから得られるものではないことを忘れないでください。
肩書きがあった上で、他者に親切にできる人こそ、絶対的な信頼を得られるのです。
――『頭のいい人が話す前に考えていること』より
これは、会社の役職に限った話ではない。
上司だから、親だから、先輩だから……。
人は、さまざまな「立場」のおかげで話を聞いてもらえている。
その状態に長くいると、周りが話を聞いてくれるのは自分の魅力だと思い込んでしまう。
しかし、役職を離れ、子どもが独立すれば、立場は少しずつ消えていく。
立場以外の部分で人とのつながりを築いてこなかった人のもとには、誰も残らないのだ。
人が残るのは「親切にされた」と感じたとき
では、年をとっても人が離れていかない人は、何が違うのだろうか。
本書は、人が他者を認めたくなるのは「親切にされたとき」だと説明している。
本書の言葉を借りれば、社長だから、役員だから承認されるのではない。
同じように、親だから、年長者だから大切にされるわけでもない。
相手のことを気にかけ、日頃から親切にしてきたからこそ、信頼が少しずつ積み重なっていく。
本書には、カリスマと呼ばれる人に実際に会ってみると、とても感じがよかったり、思った以上に優しい人だったりする、という話が出てくる。
有名人に会った人が「意外と普通でした」と話すのは、まさにそういうことなのだ。
人から慕われる人は、自分を大きく見せようとしない。
親切にされた人たちが「あの人はいい人だ」と語り合うことで、自然と人が集まってくる。
立場があるうちに、満たす側に回る
年をとって孤独にならないために必要なのは、ひとりになってから人間関係をつくり直すことではない。
立場があるうちから、相手の承認欲求を満たす側に回ることだ。
友人の話を、途中で自分の話にせず最後まで聞く。
家族の小さな変化に気づいて、言葉にして伝える。
誘われるのを待つのではなく、自分から声をかける。
本書はこれを、承認欲求を満たしてもらう側ではなく、満たす側に回る、という言葉で表している。
立場がなくなったあとに残るのは、立場があった頃に、どれだけ人に親切にしてきたかという事実だけなのではないだろうか。








